久米島博物館や城跡ってどう観ればいい?おすすめの観賞のポイント〜グスク時代編〜

久米島博物館や城跡ってどう観ればいい?おすすめの観賞のポイント〜グスク時代編〜

皆さんは、観光地の歴史スポットや博物館を訪れる際に

あまり事前情報を持たずに行って観賞ポイントがよく分からず、

大して何の感情も湧かない、というご経験はないでしょうか?

でも、せっかく訪れるのならそれでは勿体無い!

予備知識を持っているだけで観賞ポイントがわかり、心動かす場所に変わります。

今回は、グスク時代に焦点を当てて、

久米島の観光スポットとして人気の久米島博物館やグスクについて簡単にご紹介します。

これを読めば何も知らない時よりも、きっと博物館やグスクを巡るのが楽しめるはずです。

 

 

そもそもグスクって?

12〜16世紀頃の琉球列島(奄美〜八重山)に築かれた城跡・遺跡のことをグスクと呼んでいます。

琉球列島は日本本土とは異なる独自の文化と歴史があるため、城跡にも特徴があります。

日本本土の城跡と沖縄のグスク(城跡)の違いについて、

石垣の構造、時代・文化背景、グスクの構成から見ていきましょう。

 

石垣の構造

琉球列島のグスクの城壁には主に琉球石灰岩を使用しています。

石や岩石を積み上げて作られているものが多いです。

琉球石灰岩は軽くて加工しやすいため、うねるような曲線を描く城壁が見られます。

一方、日本本土では、花崗岩など硬い石材が使われています。

そのため直線的で隅が角張った石積みが特徴です。

また、敵が登れないように壁がそりかえっているものも多いです。

 

時代・文化背景

沖縄県のH P(参考:https://www.pref.okinawa.jp/bunkakoryu/bunkageijutsu/1009673/1009695/1009717/1009718.html)によりますと、

おおむね12世紀〜16世紀ごろまでをグスク時代とよんでいます。

日本史では中世(平安時代後期〜戦国時代)にあたります。

当時、沖縄は琉球と呼ばれた独立王国でした。

琉球は日本をはじめ、中国や東南アジアなどと交易することで富を築きました。

その影響でグスク作りの技術も上がり、アーチ門など外見の美しさを重視したデザインが見られます。

一方、日本本土の城は、戦国時代〜江戸時代に発達します。

弓矢や鉄砲などを用いた戦さを想定し、

枡形(ますがた)構造の櫓門(やぐらもん)で防御機能を高めるなど、実用的な造りになっています。

 

グスクの構成

沖縄のグスクは、石壁で覆われ、土を盛り上げて防御用に作られた部分もあるため、

敵から身を守る防御施設だったと考えられる面があります。

近年では、城塞としてのグスクのつくりが見られるのは14世紀以降に現れるという見解が有力のようです。

また、その地域を治めていた有力な按司の居住地でもありました。

しかし、一番の特徴は、城内に、必ず御嶽(ウタキ)と呼ばれるような拝所がある点です。

このことから、グスクの役割として城塞説、防御集落説、聖域説などが考えられています。

日本本土の城は天守、櫓(やぐら)、石垣、堀、土塁、城門、門、御殿、城下町などが配置されています。

神社が置かれることはあっても城の中心に置かれるようになったのは明治時代以降で、

元々は敵の侵入を防ぐ要塞であり、軍事的な面と統治的な面が主な役割です。

 

 

 

久米島のグスク時代の城跡

久米島にはグスク時代に作られたとされる城跡が数ヶ所あります。

久米島の城跡は築城年代は不明となっていますが、

城塞としての作りが見られることが多いので、14世紀以降に作られたと考えられています。

また、久米島の城跡からは大量の中国陶磁器が出土しており、交易が盛んだったことが窺えます。

以下では久米島のそれぞれの城跡についてご紹介していきます。

 

伊敷索城跡

博物館近くにある伊敷索(チナハ)城跡

白瀬川河口近くの標高約20mの琉球石灰岩の丘陵に立地位置します。

久米島を統治していた伊敷索按司の城跡です。

グスクの石垣には、琉球石灰岩の野面積みが多く見られます。

今は草木で覆われてしまってますが、城の北側城壁に接するところに石積み遺構があり、

拝所として信仰されていたと考えられています。

伊敷索按司は久米島出身ではありませんが、一時期島全体を治めていました。

当時は久米島が中国や日本との交易で栄えていた時代。

白瀬川下流は海にも面しているため、貿易船から直接荷の乗り降りしていたと考えられ、

伊敷索按司が久米島で莫大な富を誇る仕組みづくりが巧みであったことが推察できます。

伊敷索城跡

住所:〒901-3121 沖縄県島尻郡久米島町嘉手苅542 (久米島博物館の隣)

 

宇江城城跡

宇江城岳の尾根上に築かれた宇江城(ウエグスク)城跡は、島内で一番高い場所に築かれた城跡です。

沖縄県内でも最高所にあるグスクで、城内からは久米島のほぼ全体を一望できます。

宇江城城跡は板状の安山岩が主に使用され、一の郭周辺には琉球石灰岩の切り石も見られます。

城主は伊敷索按司の長男宇江城按司(または中城按司とも言われる)です。

第二尚氏尚真王の1510年(1506年説もある)に琉球統一の過程で滅ぼされたと伝えられています。

宇江城城跡からは、中国からの陶磁器のほかに、天目茶碗、大海茶入、茶臼が見つかっています。

この3つが揃うグスクは県内でも数ヶ所で、宇江城城主の権力の大きさを窺い知ることができます。

宇江城城跡

住所:〒901-3101 沖縄県島尻郡久米島町宇江城

 

具志川城跡

海岸沿いの断崖に位置する城跡です。

安山岩と琉球石灰岩の野面積みが特徴で、島内の城跡の中では特に保存状態が良い城跡です。

真達勃(マダフツ)按司が築城したと言われていますが、

真達勃按司の嫡男である真金声(マカネクイ)按司が第二城主となった際に、

伊敷索按司の次男真仁古樽(マニクダル)按司によって攻め奪われたと伝えられています。

この城の周りは、天然の断崖によって要塞のようになっており、難攻不落の城と言われていたようです。

実際、首里王府が攻め入られた際にも攻めあぐねたようですが、

外部から水を取り入れないといけないという弱点を突かれ落城したそうです。

久米島内全域のノロ(祝女・神女)を統率する最高位の神女である君南風(ちんペー)さんが、

祭祀を執り行う際に座るトートー石もあります。

また、御嶽が3ヶ所もあり、大和向け、首里向け、中国向けに分かれていたようです。

観光名所であるミーフガーの近くにあり、城内からもミーフガーを眺めることができます。

城跡から観光名所を眺めるというのもなかなか乙ですね。

具志川城跡

住所:〒901-0354 沖縄県糸満市喜屋武1730−1

 

登武那覇城跡

伊敷索按司の三男笠末若茶良(ガサシワカチャラ)の城跡が登武那覇(トゥンナハ)城跡です。

城壁は、安山岩の大石と大石の間を小さな安山岩で積んだ野面積みです。

笠末若茶良は、才知に長け、武勇に優れ、眉目秀麗、かつ民の人望も厚いというまさにヒーロー。

登武那覇城跡は、他の城が山の頂上や海に面した断崖上に築城されているのに対し、山の中腹の斜面に位置しています。

このことから、登武那覇周辺住民との距離が近く、慕われた城主だったのではないかと考えられています。

将来は久米島のリーダーになる存在だと讃えられていましたが、

実の父である伊敷索按司によって討伐されたと伝えられています。

久米島では毎年この悲運の若き英雄であるガサシワカチャラの現代版組踊が演じられています。

機会がありましたら、ぜひその現代版組踊月光の按司ガサシワカチャラもご覧ください。

こちらでは、現代版組踊の内容について紹介した記事も作成していますので、

よかったらご一読ください。

しかし、残念ながらこちらの城跡は整備がされておらず、

足を踏み入れることができないくらい木々で覆われているため、城跡自体を見ることは困難です。

城跡近くは景色の良い公園となっていますので、ピクニックにも最適です。

ワカチャラに関するオモロも数多くあり、彼の短い栄光を讃えています。

登武那覇城跡

住所:〒901-3104 沖縄県島尻郡久米島町真謝

 

塩原城跡

塩原(スハラ)城跡は実は詳しい記述が少なく、謎に満ちている城跡です。

一説には、女性按司だったとも言われていますが、詳しいことはわかりません。

また、この城で伝わっているのは「塩原按司の 取らぬサンミン(計算)」ということわざです。

ある時、塩原の按司が海岸に出てみたら、大きなジュゴンが海岸で寝ているのを見つけました。

この頭は誰に、胴体は誰にあげよと家来に命令している最中に、

目を覚ましたジュゴンが海に戻ってしまったというお話です。

「とらぬ狸の皮算用」の久米島バージョンですね。

城壁は、安山岩を加工せずに積み上げた石積みです。

こちらは、ほぼトレッキングコースで、草木に覆い茂られた道やちょっとした崖もあるため、

ちゃんと山道を歩く格好で覚悟を持って訪れなければなりません。

ハブにも注意が必要です。

塩原城跡

住所:久米島町字銭田スハラ原1230

 

久米島のグスクたち

久米島には他にも、「クニグスク」、「メンダグスク」、「山玉グスク」、「与那嶺グスク」、

「マカイグスク」、「クイングァグスク」、「ウニシグスク」、「ミンチャプナーグスク」、

「小グスク」、「黒石森グスク」などの様々なグスクがあるようです。

しかし、今では草木に覆われて面影もなかったり、

近隣の住人にもどのようなグスクだったのかよくわかっていない場所もあります。

現在、久米島で一般的に訪れられるグスクのほとんどは、伊敷索一族によるものです。

伊敷索城跡や具志川城跡が交易が有利に展開できる海岸沿いに立地しているのに対して、

宇江城城跡は島の内陸部かつ島全域を掌握できる高所に立地していることから、

それぞれの城跡の役割が違っていたのかもしれません。

それは伊敷索一族で島全体を治めて栄華を極めるための戦略だったのでしょうか。

そういった城跡の目的も考えながらグスクを眺めると、

伊敷索一族の栄華と終焉が、まさに「兵どもが夢の跡」のことを指すようで感慨深いですね。

 

 

 

久米島博物館ではこれに注目してみよう!

久米島博物館では、そのグスク時代に見つかった器や遺跡が展示されています。

実際に城跡から出土したもので状態の良いものが展示されているので、

一見の価値ありです。

 

青磁器

城跡からは、グスク時代に使われていた青磁が数多く見つかっています。

この時代の食器は、碗、皿、大皿、鉢によって構成されており、

大皿や鉢に盛られた料理を各自で腕や皿に取り分けて食事をしていたと考えられています。

この器で按司たちはどのような食事をしていたのでしょうか。

どんな料理が入っていたのだろうと想像してみるのも楽しいですね。

 

 

碇石

こちらは、船を停泊させるときに使った碇石(いかりいし)と呼ばれるもの。

木と組み合わせておもりの役目をするものだったそうです。

14〜15世紀頃に交易で来島した中国の大型船で使われていたと考えられています。

交易が盛んだった証拠と言えますね。

 

歴史的な背景について知っておくと、実物を見てみたくなってきたのではないでしょうか。

ぜひ、久米島博物館で実物をじっくりご覧ください。

久米島博物館

住所:〒901-3121 沖縄県島尻郡久米島町嘉手苅542

開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

休館日:月曜日、国民の祝日(子どもの日・文化の日を除く)、慰霊の日、年末年始、展示替えなどの臨時休館日

入場料:[一般]200円、[大学生・高校生]150円、[小学生・中学生]100円

 

 

 

久米島の城跡ではこれに注目してみよう!

実際に久米島の城跡を訪れたときに見られるものをご紹介します。

その見られるものについて知識を持っておくだけで、城跡を見る解像度が上がると思います。

 

景色

城跡を訪れたら、まず印象に残るのは城跡からの景色でしょう。

現代の感覚では、海が見えて綺麗〜!というふうに景色に感動してしまうかもしれませんが、

せっかくなら当時の時代背景を考えながらその景色を眺めてみませんか。

グスク時代に琉球は中国と貿易を行っていました。

久米島はその重要な寄港地であったため、

海外からの貿易船が来たことをいち早く察知することができる場所にグスクを構えることは、

富を多く手に入れられるため城主にとっては大変重要です。

当時の城主は、宝を載せた船を見つけようと目をぎらつかせていたのでしょうか?

はたまた、首里からの兵がやってくる船を見て、戦さの覚悟を決めていたのでしょうか?

そんな視点でこの景色を見るとまた違った眺めになるかもしれません。

 

 

石積み

城跡の石積みはサンゴ礁が堆積した琉球石灰岩を主材としています。

さまざまな城跡がありますが、実は年代によって石積み技術が進化しているので、年代ごとの微妙な差異を知ることができます。

[初期]野面積み:自然石を加工せずそのまま積み上げる技法。

[中期]布積み:四角く加工した石を一段ごとに高さを揃えて積む技法。

[後期]相方積み、亀甲乱積み:多角形の石を互いに組み合うように積む技法。

このように加工しやすい琉球石灰岩の特徴を活かし、石積みの技術が変化していきました。

久米島のそれぞれの城跡の石積みを、どの時代の特徴なのか推理しながら見てみるのも面白いのではないでしょうか。

また、県内の多くの城跡は琉球石灰岩が使用されていますが、

久米島の山の方では多く安山岩が採取されやすいため、

一部の城跡には輝石(キセキ)安山岩も多く使用されています。

琉球石灰岩との違いもぜひ見比べてみてください。

 

グスクの郭(くるわ)は、琉球石灰岩の城壁で囲われたエリアのこと。

地形に沿って複数の郭があり、階段状に配置された郭は、防御機能に加え、居住や政務の場、聖域の場などに分かれています。

基壇(きだん)と御庭(うなー)と呼ばれる場所があり、そこでは儀礼が執り行われていたと考えられています。

また、久米島では馬の産地としても有名で、交易の品として馬も送っていました。

戦さや農業にも馬を使用していたと考えられます。

また、君南風さんが馬に乗って城跡へ上がり、神事や祈りを行う習慣もあったと伝えられています。

そのような関係で城内に馬場があるグスクもあります。

この郭では何をしていたのだろうと想像しながら城内を散策してみませんか。

 

 

久米島博物館や久米島の城跡を訪れて島の歴史に沼ろう

いかがでしたか。

博物館の展示物の詳細やグスクの歴史や特徴を知ると、いろいろな観賞の視点が持てますよね。

それらを踏まえて、実際に訪れた際にご自身の感想や考えを持つことができれば、

より一層歴史ある観光スポット巡りが楽しめることでしょう。

ぜひ久米島のグスク時代の魅力を堪能してくださいね。

 

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